9/20 (日)

P O D D A

PODDA 義手プロジェクト 〜「HACKberry」〜 完成編

前回のHACKberry製作記事から、あっという間に2ヶ月が経過しましたが、遂に完成しました。

 上記の記事にも書きましたが、HACKberryはデータがハード、ソフト共にオープンソースで公開されている電動の義手です(開発は exiii )。
 オープンソースで情報が提供されていて、さらに3Dプリンターで外装の造形が可能となれば、もしかすると理想的には「パッとネットでデータをダウンロードして、さっと3Dプリントして出来上がり」ということになるのかもしれません。もしかするとというか、きっと理想像としては僕たちのテクノロジーはそういう所を目指しているのだと思います。
 ただ今回のHACKberry組み立てはそこまで簡単にはいかなくて、そして僕はそれを全く不満には思わず、反対に素敵な経験をさせて頂いたと思います。

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 どういうことかというと、たとえ部品の大部分を3Dプリンタで出力しようと、基盤に書き込むべきコードが公開されていようと、複雑なものを組み立てるにはそれなりの労力と試行錯誤が要求されて、その過程で発生したコミュニケーションには一種独特の熱量があったということです。
 主導した多賀さんをはじめ、今回のHACKberry作成には7、8人の人間が関わりましたが、HACKberryを共通のビジョンとして動くことでチームとしてのグルーブ感が段々と立ち上がってきました。実は組み上げた最終日にはexiiiから開発者の山浦さんが来て下さっていたのですが、山浦さんに向かって多賀さんが言った一言が実に印象的です。

「僕はああでもないこうでもないと苦労ながら組み立てていて山浦さんと会話していたのだなと思います」

 そういうことだったのだと思います。
 実際に手を動かすことで、製作者の意図を汲み取ったり、設計に苦労したであろう場所がリアルに見えたり、そういうことを指して多賀さんは”会話”と言っていて、それは一緒に作業をしていた僕たちにもストンと腑に落ちることでした。小説や映画の作者と鑑賞者の関係に似ているかもしれません。オープンにされたデータの中で、その中でのみ立ち上がる言語ではない言語を用いて密度の高いコミュニケーションを取ること。
 裏を返せばコミュニケーションの必要性は「組み立ての困難さ」を示すマイナス要因になり、それは事実で今回の組み立ては苦労の多いものでした。しかし、このコミュニケーションの重みを僕はずっと忘れないと思います。それはオープンソースというものが持っている「便利」や「簡単」とは違う大事な側面なのだと思います。

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 今回の作業については、多賀さんのブログにも詳しく書かれています。